2.異世界

 

 

 

―― この市はね、昔から異世界に一番近いとされて来た市らしいの。

    年々、気づく人は減ってきたんだけど、それは現在でも変わってない。

    だから、他の誰も気づいていないモノ、見えていないモノ……それに触れちゃいけない。

 

    それは現世と異世の【狭間】を繋ぐものだから…… ――

 

 

 

 まさに、美々から聞いたその話と同じだった。

 

 放課後の帰り道、美々と別れて数分後。

 ふと、通りかかった公園に目を向けると、不自然な所に牡丹なんて咲いているから

ちょっと触れてみたら、その時にはもう……周りは見覚えのない景色に変わっていた。

 

「………………牡丹……」

 

 途方にくれて、立ち尽くしたままの私を呼ぶようにかけられた男の人の声。

 けれど、違う。

牡丹は私の名前ではなく、私の目の前で優雅に揺れる憎たらしい花の名前だ。

 

「誰……?」

「………………」

 

 聞いても、答えはなかった。ただ、無言で私へと歩を進める。

 声は確かに男の人だったけど、その人はきれいな長髪で、羨ましいくらいの細身だった。

近づいて見ると顔もきれいで、男の人なのに美人だなぁと思ってしまった。

そんなどうでもいい事を考えていると、男の人はすでに私の目の前まで歩いて来ていた。

 

「ちょっ……! なっ!」

 

 他のことに気をとられていたこともあって、私が気付かないうちに胸ぐらを捕まれてしまった。

どうして? むしろ無視されたのは私の方じゃないか。何で相手が怒るのか理解できない。

 

「何なのよ、いきなり!」

 

 ムキになって叫んでみても、相手が怯む様子はない。むしろ胸ぐらを握る力を強められた。

わけが分からない。いきなり知らない場所で知らない人に喧嘩売られるなんて……非現実的すぎる。

 

「あら…………身に覚えがないかしら。 牡丹」

「っ……!」

 

 男の後ろから出てきて、あまりにも静かな声で問いかけてくる女の子。

胸ぐらを捕まれているので姿はよく見えないが、私はまるで鏡でも見ている様な気がした。

 けれど、違う………………違うんだ。

私は牡丹じゃない。

 

「誰なのよ、あんたたち! 離してよ、帰してよ! ここはどこなの! 早く帰って宿題させっ…………!」

 

 叫ぶだけ叫んでやろうと思ったら、途中で胸ぐらを握る手の力が信じられないほど強くなった。

声が出ない。息をすることさえ辛い。

 

「はぅっ、ぐっ……!」

「シラを切るつもりか、牡丹!」

 

 だから私は、牡丹じゃないんだってば!

なんなのよ! なんのつもりなのよ! どうなってるのよ!

 

「知ら…………な、い…………」

 

 渾身の力を振り絞って、一言だけでも声に出す。

 だって本当に、私は何も知らないんだ。

 目の前の長髪長身の男の人のことも、まるで鏡に映った自分を見ている様な気にさせる女の子のことも…………

何も知らない。見た覚えも、会った覚えも無い。

 そう心に念じているのが伝わったのか……ふっ、と胸ぐらが開放され、私は地面に尻餅をつく。

 

「本当に、覚えていないみたいね」

「その様だな…………どうする、小梅」

「……?」

 

 小梅? 小梅って言った? え……何? 私? 私を呼んだの?

………………ううん、違う。私じゃない。男の人が呼んだのは、私とそっくりの姿をした女の子の方だ。

 同姓同名? それとも聞き間違い?

 

「とりあえず、今日は一旦帰りましょう。もう陽が昇ってしまうわ」

 

 女の子の言葉を確認する様に、私は空を見上げた。

見上げた空はどんよりとしていて、お世辞にも晴れているとは言えない。

 空全体が薄い霧のような雲に覆われていて、太陽がどこにあるのかすら、私には分からない。

 

 そんなことを考えていると、もう男の人の姿も、女の子の姿も無かった。

私はこんな……日本国内かどうかすら怪しい、訳の分からないところに放置されてしまったようだ。

 何よこれ、どうやって帰れって言うのよ! っていうかむしろ帰れるの………………?

 

 

 

「どうして……? お兄様………………」

 

 

 

 

H23/11/19

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